学歴社会は間違っているという世界観、恨み

私の父は教師だったのですが、いつも「実力が同じなら学歴が上の方が出世する、それはずるい」というようなことを言っていました。ある意味学歴社会を恨んでいたとも言えます。

しかし、よく考えてみると、別に学歴が上の人を出世させるのは、ずるくもないかな、と今は思います。というのも、見た目同じ位の実力なら、ポテンシャルは学歴が上の方が蓄積が多いに決まっています。ですから、同じ程度の実力なら学歴が上の方を昇進させるのは当たり前です。必死に頑張って同じ位の実力にしかなれないなら軽くやって同じ実力の東大卒の方が全力を出せば能力は上ですから。

ところが、うちの父はそれが不満だったようでした。要するにあまり差がないのだから、自分を昇進させるべきだ、と言いたかったのでしょう。

ただ、この考え方は、子供にとっては毒になるおそれがあります。根本的に、世の中は間違っている、不正な世の中だ、という世界観を持ってしまうと、そういうフィルターで世界を見ます。実力があるのに報われない人、単にまぐれ当たりで成功した人などいろいろ実力のみではなくて成功したり、失敗する人はいます。そういうのを見て世の中は間違っている、ぶっ潰すべきだ、という考えになったりするかも知れません。

しかし、最初の話に戻れば、学歴で差別されるなら、圧倒的な実力で圧倒的な差を付ければいいだけです。それだけ、人の何倍もの努力をすれば多少の学歴の差があってもひっくりかえせると思います。田中角栄元総理などは、小学校卒でしたが、勉強はものすごくしていて、とがった鉛筆を指に当てて眠らないようにしていたら、あるときそれが刺さって、折れて指に黒い芯が残ったそうです。限界まで勉強していたと思います。

1日15時間位努力すれば東大生でも抜けると思います。それだけの覚悟がなく、単に世間を批判していても問題解決にはなりません。

つまり、世の中が間違っているのではなく、努力が足りなかっただけ、ということです。大量の努力は全ての問題を解決できます。それを知り、その信念を強めて行けばどんなことでもできるようになるでしょう。

逆に、自分の不遇を世の中のせいにした瞬間に自分の力ではどうしようもなくなります。世の中に自分を支配させる力を与えてはいけません。

自分の人生は、自分が作りだしています。全て自分が原因なのです。世の中の不正も自分が作りだしています。

そうとすれば、自分自身を変えることで世の中を変えられるはずです。

世の中が間違っているのではない。まだまだ圧倒的な努力をしていないだけだ、と思えれば必ず成功できるでしょう。

余談ですが、うちの親父は最後の方では県の校長会の副会長までなり、勲章ももらいました。私が東大に入ったこともあり、どこかの段階で何かを悟ったんだろうと思います。その面だけを見れば少しは親孝行できたかな、と思えます。

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